18年04月02日新規公開
11月12日訂補

当サイトは観光バス「ガーラ」の研究サイトですが、その一環として2005年7月に観光車の歴史を制作しました。
いすゞとしての大型観光バスの製造が終焉となり、その功績を記録するために制作したものです。
サイト公開以来好評を頂き、大変感謝しております。

「路線編も作って!」と言う声もございましたが、サイトの性格上もあり、さらに車種が複雑なため、手をつけませんでした。
しかしながら、当サイト開設記念企画も含め、制作してみました。 あくまでも番外編と言う事でご了解下さい。
歴史記述が観光編と重複している部分もございますが、ご了承下さい。

※お断り

※画像は所有者の許可を得て掲載してますが、不都合な場合は削除いたしますので関係者様は管理人宛にご一報願います。

今回も、手をつけると収拾がつかなくなりますので他メーカー架装車(帝国・富士・西工・北村等)・自家用登録車については殆ど割愛しております。
この部分についてはもっと専門的なサイトがございますのでそちらをご覧下さい。
古い画像を探しております。できればお貸しして頂きたいと存じます。管理人宛にご一報下さい

路線車には非常に疎い管理人の調査なので間違いが多数あると思われます。又、路線事業者の経営環境は非常に絶えず変化し続けており、事業譲渡や分社・統廃合等をすべて網羅する事は不可能でございます。予めご了承下さい。尚、誤記等のある場合は管理人宛にご指摘下さい。
尚、これらのデータの使用・引用については予めご連絡下さい。(画像については管理人撮影のみ転載可能です。)
但し使用によっていかなる不具合が生じた場合でも当方は免責とさせて頂きます。あくまでも参考程度に取り扱い下さい。

歴史記述の関係でいすゞ以外の画像も掲載しておりますが、サイトの性格上、「参考画像」として表記しております

画像は一部を除き250ピクセル幅に統一しておりますが、天地は反映していませんのでバラバラです。ご了承下さい。

※本年表作成に当たりましてはZitta様のご協力・監修・資料提供を頂きました。 御礼申し上げます。

画像提供:(順不同・敬称略)
sawarabi(Sb) mock(M) 釧路車両所(Ku) たぬきやさだきち(Ts)
オーロラ(Or) しゅう(Sh) 赤いバスばす(A) JB(JB) 
小川正人(Og) かなち(k) 山陰観光バス(Sk) えぼ(ebo)
クリッパー(Cp) くにびき(Kb) BJ41−V vanagon714

昭和22年(1947)〜昭和29年(1954)までは観光車の歴史と同じ。つまり、いすゞ車の観光・路線車の分岐点は昭和30年代、市街地から郊外へバス路線網が整備され、路線型の需要が高まりつつあった頃から始まる。
昭和31年
1956
BA141/151 BX-X(タイプA)のDA110 5.7L 105ps搭載版。W/Bは141が[4.2m]、151が[4.8m]。
昭和35年
1960
BR** ラジエーターをエンジン左にオフセット置き。その後このラジエータレイアウトはBAにフィードバックされ、BA343、BA351となる。DA640ターボ付 160ps追加。やがてリアエンジンバスSTDとなる。DA640ターボ付 160ps追加
昭和36年
1961
BA***モデルチェンジ。DA120 125ps搭載BA5**と、DA640 6.4L 130ps搭載BA7**追加。
BR***も同時にモデルチェンジ。後部エンジンルームの形が変わり、通気孔は左側に。
その後徐々にパワーUP、BAはやがてECM/EDMを経てLT312へ。

 
画像左:BA741北村架装車 右:BR20 (画像:左右ともBJ41-V)
昭和38年
1963
BU10/20 オバQ普及版BU15Pと同様DH100H搭載の路線向シャーシ。全長[W/B]は10が10.53m[5m]、20が11.03m[5.5m]。当初からヘッドライト4灯を採用。他メーカーとの差別化を図る

 
BU10 (画像上:BJ41-V 下:vanagon714)
昭和40年
1965
BUモデルチェンジ。側窓が通称「バス窓」から、上下2枚の「サッシ窓」に変化。このボディタイプは後にC**系まで続く事になる。

BU10 サッシ窓に変化したが、地方事業者ではまだツーマンが主流
(画像:Ku)

この頃から女性車掌の就業時間問題が深刻化、全国でワンマンバスが普及し始める。車掌の業務であった運賃授受や発車時の安全確認などの業務は運転士が兼務「車掌の仕事がなくなる」やら、「バック等の安全性がどーだの、こーだの」と揶揄されての開始だった

神奈川中央交通 運行路線距離延長に対応するため、整理券乗降方式を採用。これまでの均一料金制から対キロ運賃制度の普及が始まる。
昭和41年
1966
BU05(全長10.08m[4.8m]) ナロー車BA01N追加。

BU05(画像:Sb)

BAとBR統合。BA741→BA20・BR20→BA30に。
昭和43年
1968
ナロー車BA05N追加。狭隘路線を持つ事業者に重宝される

BA05N(画像:Sb)
昭和45年
1970
BU06 乗降容易化ワイドステップの低床モデル(全長10.27m[4.84m])以降、都市型路線車の標準になる。

BU06D改.(画像:Sb)

宮城中央バス・宮城バス・仙南交通が合併して宮城交通が誕生


宮城交通 メトロ窓・前中扉のBU10 (画像:BJ−41V)

東急・京急、特殊深夜バス運行開始。銀座8丁目→ 六本木・渋谷・大橋間等6区間
昭和46年
1971
いすゞ自動車、伊藤忠商事の仲介で、米・ゼネラルモーターズ(GM)と資本提携。
昭和47年
1972
川重、汽車製造(株)を合併
BU04(9.99m[4.7m]と、逆に伸ばして2軸限界BU35(11.5m[6.0m]、各車低床モデル(末尾にV)も追加

BU04D(画像:Sb)

横浜市交通局 市電とトロリーバスを廃止。トロリーバスは僅か14年の運行。日本国内の都市部輸送から姿を消す事に。
(※注)
昭和48年
1973
BU系マイナーチェンジ。BU06で用いられた平面ガラス2枚の正面スタイルを採用。ワンマンバスの普及・運用を見越し、乗降容易化ワイドステップ広幅折戸を採用。側窓等の部品点数の削減をし、コストダウンを図る。

マイナーチェンジしたBU(画像:Sb)
昭和49年
1974
川重車体工業株式会社として川崎重工株式会社より独立、いすゞ自動車株式会社のバス専門製造会社となる。
昭和50年
1975
デマンドバス「東急コーチ」自由が丘駅〜駒沢間運行開始。
停留所に設置している「コールボックス」でバスを呼び出す方式。


東急コーチ 三菱KK-MK23HF 現在は一般路線になってしまった。
特徴あるコーチ色も消滅しつつある(資料画像 撮影:管理人)

西武鉄道 東京都青梅地区よりバス路線撤退。青梅市は、地域の足を守る見地から都営バスの運行を東京都に要請し結果、梅76・梅77系統の運行を開始。民営路線を公営が継承すると云う、当時では極めて異例な例
時代が今なら恐らく80条バスだろーな!

青梅支所の日野RE 早稲田営業所の支所になった現在でも
この地区は日野車のみの配属である。(資料画像:Sb)

北海道・道南バス倒産。洞爺湖のレジャー施設運営に失敗。
手形乱発による特別背任罪で役員が逮捕される事態に


道南バス  当時は京阪そっくりのカラーだった
(資料画像 画像:vanagon714)
昭和51年
1976
CCM370、CCM410 、路線タイプが登場。

K-CCM410 (画像:Sb)

岩手県で、花巻バス・岩手中央バス・岩手県南バスが合併し、岩手県交通が誕生。

岩手県交通(撮影:Sb)
昭和53年
1978
7月30日:沖縄県の道路通行方法が本土と同じ「人は右・車は左」に変更。慣れないバスドライバーによる接触事故が続発する。
この変更のため、バス事業者は所有車の大半にあたる1034台を新車に代替する事に。
この大規模な設備投資と、以後の道路整備・自家用車普及が重なり、事業者の車両償却・更新費用を圧迫させることになる。


那覇交通BU04 (画像:Sb)
このとき導入された車両群を「730車」と呼ばれる事になるが、
4半世紀後にBUはおろか、銀バスの愛称も消滅するとは
・・・
昭和54年
1979
ECM430 BA20以来の全長9m[4.7m]。1982年末にエンジン変更により、EDM430に。

EDM430(富士3E架装車)(画像:Sb)
昭和55年
1980
K-C**系。K-規制にあわせたモデルチェンジ。排出ガス規制記号と共に型式も変化。観光系に遅れること5年が経過。
Cはバス・Jは10PA・Mはリーフサス、(因みにAはエアサス)3桁数字はW/Bを表す。
K-C*A横倒し直6(BU系)は、*部=LがDH100H、PがE120H、ちょっと経ってJが6QA2(11L 220ps)、Qが6RB2(13.7L 275ps) W/Bが470/500/520/550/600とそのまんま。型式の2番目の文字が出力を、数字がホイルベースを表す。
ボディはBU系の正面をマイナーチェンジしたのみ・・・といっても、大型方向幕対応等の改良も行われる。
1982年末期モデルからは、引き戸の窓と戸袋窓が大型化。
  
画像左:南部バス K-CJM500(画像:M) 地元産健康食品のCMで有名に
右:北海道中央バス K-CJA550(画像:JB) エアサス・前扉・ロマンス仕様

8月19日:新宿バス放火事件。21時頃新宿駅西口BT22番線で、発車待ちのため停車中だった京王帝都電鉄の中野車庫行きバスの車内に、後部ドアから男が火のついた新聞紙とガソリンが入ったバケツを車両後方へ投げ込み放火。6人が死亡、14人が重軽傷を負う惨事となった

放火された京王帝都電鉄バス(画像:匿名)

昭和56年
1981
都市における公共交通機関としてのバスの利用の促進を図るねらいで運輸省が助成を行い、名古屋市で都市基幹バスを実施。バス専用レーンの設置・車両及び停留所施設を整備し,バスサービスを充実させる。

名古屋市営 基幹バス(資料画像 画像:A)
昭和57年
1982
CCM エンジン変更・一部冷房搭載等を行い、K-CDMへモデルチェンジ

K-CDM410 (画像:JB)

札幌市交通局 76年から日デ〜日野〜三菱ふそう〜いすゞの順番でバス新車導入を決めていたとの談合入札で地元販社4社を指名停止。事実上新車導入が1年間不可能に。
昭和58年
1983
運輸省 都市新バスシステムの整備に着手。名古屋市で実施した都市基幹バスシステムを更に改善し,これにバス路線総合管理システムを導入することでシステム全体のグレードアップを図ったシステムの整備に対して助成措置を講じる。グライドスライドドア・低床・広ドア・冷暖房・大型窓等を備え、今までのイメージを一新する都市型車両の導入により、乗客の快適性を向上。,東京都・新潟市が助成対象に。

K-CJM520 札幌市交通局に19台導入。窓から上が次期モデルのキュービックである事から、試作的要素があったと言われる。

札幌市交通局 K-CJM520(画像:JB)
昭和59年
1984
キュービックLVシリーズ P-LV*** 1983年排ガス規制に対応してフルモデルチェンジ。
特に前面窓は交換費用の高いカーブドガラスを採用せず、1枚ガラスに。コーナー部はセーフティーウィンドゥを装備。ワイパーは観光系で実績のある、払拭面積の大きいオーバーラップ式ワイパーなどで登場。

型式の3桁の数字の上1桁はサスペンション(2がエアサス、3がリーフサス)を表し、下1桁は出力(4は220ps、8は275ps)を表す。車長は末尾の記号となる。エンジンは水平式直列6気筒で、高出力エンジン6RB2型はCQM/CQA系のエンジンをそのまま搭載。
6QA2(220ps) P-LV214/P-LV314 6RB2(275ps) P-LV214/P-LV318
W/BはKが 4.7m・ Lが 5.0m ・Mが 5.2m・ N尺が5.5m Qが 6.0m


P-LV214N(画像:管理人)

P-LR***中型車もフルモデルチェンジを行い、キュービックスタイルに。
型式のつけ方はキュービックLVシリーズ P-LV***と同じ、末尾の記号には、JとF(短尺)が追加。エアサス仕様も用意。(P-LR2**)

画像はKC-LR333J(画像:管理人)

P-LT***。ECM〜EDMと続いた9mサイズをキュービックシリーズ同様にモデルチェンジ。

P-LT312J(画像:Ts)

3月:都市新バス「都01系統」デビュー。当初は正面に「都市新バス」というプレートが掲げられていたが、6月に「グリーンシャトル」という路線愛称が付けられる。
昭和60年
1985
4月:電電公社法が廃止され、NTT(日本電信電話株式会社)が発足。電気通信事業の独占に終止符が打たれ、複数の事業体が競争原理にもとづく市場に自由に参加し、通信サービスが運営可能となる。民営化を契機に、これまでの「公衆電気通信法」は「電気通信事業法」に改正され、電話機や回線利用制度が自由化。
同時期、日本専売公社も民営化し「日本たばこ産業」(JT)に。2年後に民営化を迎える「国鉄」も含め「3公社」が消える事になる。

ちなみにNTTは電電公社時代から海外名称として使用されており、
民営化の際ロゴを制定した。
昭和61年
1986
アイ・ケイ・コーチ株式会社(通称=IKC)設立(いすゞ自動車株式会社・川崎重工株式会社共同出資)
戦前から親しんだ岐阜県各務ヶ原(かがみはら)から栃木県宇都宮へ工場移転、稼動開始。

観光ボディにスーパークルーザ−SHD(H701)登場 

スーパークルーザ−HD スカイ交通 P-LV719R
(画像:管理人)

この頃から、、都市型路線仕様に変化が訪れ観光系は高床(ハイデッカー)化、路線系は低床化と2極分化し始め、後に観光車の扉増設改造車が激減。
 
南国交通 K-CSA580 73SCボディも高級路線車?に。観光標準床車の中扉ぶち抜き路線落とし車
北海道や南九州の地方事業者を中心に全国で見られた(画像:Sh)

昭和62年
1987
4月:国鉄分割・民営化。国鉄バスも分社、各地域のJRバスとなる。地域事情に合わせた車両仕様が選択され、
国鉄時代の統一仕様が消滅。
お家芸であった、いすゞシャーシの日野架装車や、波動輸送対策の広域運用がなくなる。
 
日野REもどきの国鉄仕様車 画像左:K-CJM550(画像:Cp) 右:BU06(画像:JB)
いすゞシャーシの日野車体架装車
16年後、この組合わせが1つの企業になるとは誰が予想しただろうか?

2月:NTTが東証に株式上場。上場時の初値は119万円。その後株価は高騰し、4月には最高値の318万円を記録した。バブル経済の代表格だった。

昭和63年
1988
京浜急行、日野自動車とワンステップバスを共同開発。都市型低床車をベースとし、前ドアから中ドアまでの床を下げてワンステップ構造に。中ドアよりも後部は1段上げ、後輪車軸などはツーステップバスと部品共通化。(別名:お手軽ワンステ車)したがって新規開発は前輪部分のみとなり、ローコスト生産が可能に。当然価格も廉価となり、以後このタイプが標準となる

いすゞ、生産合理化のため、北村製作所の架装を終了。


かまぼこ型でおなじみの北村製作所架装車(画像:Sb)
昭和64・
平成元年
1989
昭和天皇崩御。新年7日目で元号が平成に。

P-LV214K 都市新バス「都02系統」専用車導入。ハイバックシート・ワイド窓・入口のグライドスライドドア化・出口の4枚折戸化・エアサスを装備。
平成2年
1990
LV280L 東京都交通局主導の第2次都市型「人に優しいバス」仕様。扁平タイヤの2ステップ。


KC-LV280L東京都交通局都市新バス仕様(画像:Sb)

U-LV系登場
6QB2(230ps) U-LV224/U-LV324 6RB2(275ps) U-LV218/U-LV318
8PD1(240ps) U-LV870系(超低床車) LV324 ACT・NAVI5搭載。

神戸市交通局 U-LV218K (画像:管理人)
平成3年
1991
LV380L ワンステ超低床試作車。東京都交通局向けに登場。後部までワンステップ低床・3扉。

東京急行電鉄よりバス事業を移譲し、東急バス株式会社を設立。
以後賃金対策の一環から、大手私鉄を中心にバス事業分離が加速、子会社化が進むことになる。
この手法は大都市圏の事業者の殆どに広まり、さらに地方のバス会社にも波及する事に。

東急バス虹ヶ丘の3扉車も今や過去のものに・・・
P-LV318N(画像:管理人)
平成4年
1992
U-LV870 超低床車(ワンステップ)化を実現。(8P V型エンジン右寄せ搭載)&簡易(前中)ワンステップ化
U-LV324L 中ドアには車いす用のリフトが取り付けられる。車軸の位置を下げることにより低床化を実現したのはU-LV870と同様。

U-LV324L(画像:Sb)
平成5年
1993
いすゞ自動車、小型乗用車の製造を中止。RV車の製造・販売に経営原資の集中を図る。ジェミニは過去の物に。
平成7年
1995
いすゞバス製造株式会社(通称=I-BUS)に社名変更

キュービックKC化 平成6年排出ガス規制と共に更なるエンジンパワーUP
エンジンは、路線バスでは珍しいV形8気筒の8PPE1型
8PPE1-S(285ps) KC-LV280/380/880 8PPE1-N(240ps)
6HE1-TCN(230ps) LV832系(ノンステップバス)
W/B=L 4.8m M 5.3m Q 5.8m KとNがラインナップから落ち、3種となる

KC-LV380N 神奈川中央交通の特定輸送車(画像:K)

NE-LV288 CNG(液化天然ガス)車 東京都交通局を皮切りに導入 

NE-LV288N 札幌市交通局導入車(画像:Or)

11月:東京都武蔵野市の運営によるコミュニティバス「ムーバス」運行開始。日本初のコミュニティバス。
以降、日本全国のコミュニティバスの基本的なシステムが構築された。
ムーバスの愛称は、市民公募による造語で、武蔵野市の「ム」と移動、感動させる意味の「Move us.」をかけたもの


ムーバス 車両は日野リエッセ(ジャーニーではありません w)
(資料画像 画像:Sb)
平成8年
1996.
12月:観光モデルがフルモデルチェンジ。「ガーラ」とネーミングし、ユーザーリリース。

ガーラ3 KC-LV782R1(画像:管理人)   

2月:北海道・豊浜トンネル(余市町と古平町間、延長1086m)の岩盤が崩落。
北海道中央バス1台、乗用車2台がトンネル内で押し潰れ20人の死亡が確認されるという惨事に。
平成9年
1997
8月:リゾート開発の失敗・横領事件を引き金に、鹿児島県林田グループが連鎖倒産。北見バス(後述)と並び、副業の失敗で本業自体が頓挫した例。翌年特別清算し、いわさきグループが受け皿会社として林田バス株式会社発足旧林田産業交通株式会社の全路線を引き継ぎ

林田産業交通 KC-LT233J(画像:Sh)

12月:静岡県浜松市、全国初の「オムニバスタウン」指定。警察庁・運輸省・建設省が連携し、バスを活用したまちづくり構想を支援。「人・まち・環境にやさしい」というバスの社会的意義を最大限に発揮したまちづくりの取組みを促進し、上記3省庁が積極的・重点的に支援を行っていくもの。以後、盛岡・松江等計8都市が指定を受ける事になる

エルガミオKK-LR233J1 松江市交通局の特殊架装車(画像:Sk)

11月:都市銀行であった北海道拓殖銀行が経営破綻、翌年11月に北洋銀行等に事業を譲渡。世界的にも例がない都市銀行の倒産であったが、裏には大蔵省が大銀行の経営破綻がどのような影響を及ぼすのか、実験したとの説があるけれど真偽の説は???ちなみにこの1週間前には三洋証券が経営破綻し、1週間後には山一證券が自主廃業している。まさに金融業界大恐慌であった。、
平成10年
1998
LV832フルノンステップ化。キュービックボデーのアングルギヤのクロス置AT(後のタイプB)登場

KC-LV832L CNGノンステップ車(画像:管理人)

いすゞバス製造、系列架装促進のため、富士重工架装車は改造扱いとなる

東急バス、東急トランセ設立。代官山地区での運行を開始。
路線・貸切運行業務委託会社のプロトタイプ。
 
東急トランセ(参考画像左:管理人 右:画像:M)
代官山地区のコミュニティバス運行からスタートした子会社(電鉄から見ると孫会社?)
も今や路線運行はおろか、本体の貸切事業を受託するまでに成長した。

9月:北見バス倒産。不動産・流通・ゴルフ場開発等の多角事業に失敗。
バブルに踊らされ企業自体が頓挫した典型例。親会社東急の支援を受け、「北海道北見バス」を設立し、路線事業を譲渡


新会社「北海道北見バス」負債をカットし、地元の足として見事に復活
(画像:あっちゃん様)

平成11年
1999
1月:東京都営バス誕生75周年を記念し、一般公募によりマスコットを制定。愛称は「みんくる」。都バスのフロントをデフォルメし、そこに東京都の頭文字「T」をデザイン。名前は「みんなのくるま」「とみんのくるま」という意味が込められている。

前面2枚窓のキュービック登場。曲面ガラス2枚窓仕様がオプション追加。

仙台市交通局 KC-LV280N 他に採用したのは東武バス等僅かで
通称,東武面とも言われるが、屋根のイメージはエルガそのもの。
(画像:管理人)


いすゞ自動車、トラックキャブ製造部門の大和工場を閉鎖。藤沢工場に統合・集約。

6月:平成10年排出ガス規制に合わせLRがエルガミオへ。路線車15年ぶりフルモデルチェンジ。
 
エルガミオKK-LR233J1(画像:管理人)

平成12年
2000
5月:「高齢者、身体障がい者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」通称、「交通バリアフリー法」が施行。今後の路線新車導入はノンステップバス、ワンステップバスなどの低床車が義務づけられる

6月:平成11年排出ガス規制に合わせキュービックLVをエルガにフルモデルチェンジ。
エンジン      エアサス   リーフ *=W/B   ステップ  備考
V8NA(8PE1)    LV280*    LV380*       L/N/Q0/1/2  0ステ車をタイプAと呼ぶ (前中ノンステ)
L6TC(6HK1)    LV834*    ------        L/N0      こちらがタイプB (フルノンステ)
L6NA(6HH1)    LT233*    LT333*       J1/2       大型幅の短尺車
L6NA(6HH1)    LR233*    LR333*       E/F/J0/1/2  中型幅エルガミオ
ホイルベース記号はそれぞれE=3.4m,F=3.8m,J=4.4m,L=4.8m,N=5.4m,Q=5.8m車両形式のうちホイルベース記号の数桁あとに*Jとあるがこれでステップ数がわかる。J=2ステ、5J=1ステ、6J=0ステタイプB、7J=0ステタイプA
 
エルガ KL−LV280N1(画像:管理人)


CNG車も登場KL−LV280N1改(画像:管理人)

9mサイズLTもエルガにフルモデルチェンジ。エルガミオと同じ6HH1-S型を搭載。

エルガLT KL-LT233J2(画像:管理人)

東京都屋外広告物条例改正 規制緩和により都営ラッピングバスが登場
増収策として以後各社が導入

東京都営 KC-LV280L 出入口表記までデザインしている広告主は少ない
(画像:管理人)
平成13年
2001
1月:中央省庁再編。 運輸省・建設省・国土庁・北海道開発庁の4省庁を統合し、国土交通省が誕生。

3月:名古屋ガイドウェイバス志段味線(ゆとりーとライン)が開業。車両は名古屋ガイドウェイバスが保有し、JR東海バス・名鉄バス・名古屋市交通局に運行委託。運転士は、専用軌道を運転するための無軌条電車運転免許(動力車操縦免許)と、道路を運転するための大型二種運転免許の両方が必要になる。


名古屋ガイドウェイバス (資料画像 残念ですが、いすゞ車の保有はありません)
(画像:M)
エルガシャーシ西日本車体架装車登場

KL−LV280N1(画像:ebo)

東急グループ再編。北紋バス・群馬バス等がグループ離脱し、廃業した事業者も。

群馬バス P-LR312J 富士6E架装車 (画像:管理人)
平成14年
2002
いすゞ自動車、ビックホーン等RV車の製造販売を中止し乗用車部門から完全撤退。エルフ等の商用車に専念。

日野といすゞ、バス事業持ち株会社(合併準備会社)「ジェイ・バス」設立。

「改正道路運送法」施行。これにより乗合バス事業の公的な規制が取り払われ(いわゆる「バス事業の規制緩和」)
事業の参入(免許制から許可制へ移行)・赤字路線からの撤退(事前届出制に移行)が自由になった。首都圏を中心に運送会社が新規参入が乱立する結果に・・・
その反面、過疎地域では、財政も含め各市町村にゆだねられる事に。「存続したければ金を出せ」である。既存事業社では不採算路線の廃止や地域分社化が行われる一方、事業そのものをやめた事業者も。JR系は補助金対象外のため、一部地区では路線自体を既存事業者に譲渡する結果に。

サッカーワールドカップ(KOREA JAPAN)開催。 横浜市交通局がこの年の導入車に希望ナンバー「20−02」を登録。

希望ナンバー20-02を登録したエルガCNG 
KL−LV280N1改(画像:Sb)

その一方で国際興業はフーリガン対策のため「KKKロゴ」が消された。
KC-LR333J(画像:管理人)
平成15年
2003

1月:改正道交法により、ヤサカグループがJR向日町〜阪急洛西口〜洛西ニュータウン間に
グループ初の路線事業「ヤサカバス」を開業

ヤサカバス KK-LR233J1 (画像:管理人)
おなじみ三輪晁勢画伯による衍字色の曲線で登場し、老舗グループを強調。

3月:モノレール開業に伴い計画進行中であった沖縄県のバス事業者4社統合が白紙になる。
出資企業、準備室を閉鎖

3月:札幌市交通局 バス事業撤退へ。4営業所を民間事業者3社へ2004年までに譲渡。
 
(画像左)2003年4月に譲渡されたジェイ・アール北海道バス NE-LV288N
(画像右)同時に譲渡されたじょうてつ LV832N いずれも譲渡前の塗装に社名変更しただけの
「暫定色」。車体広告ごと譲渡する例は少ない。 (画像:管理人)


4月:東京都交通局 早稲田営業所杉並支所をはとバスへ業務委託。2004年4月から江戸川営業所臨海支所も委託する事に。事業撤退を決めた札幌市との対応が対照的。

6月:那覇交通、民事再生法の適用を申請し自主再建を断念。北九州市に本拠を置く大手タクシー会社「第一交通産業グループ」に譲渡。2004年7月18日より「那覇バス」として運営を開始。
ちなみに沖縄県内のバスは、本島の4事業者のうち3事業者までが経営破たんする異常事態に陥っている。

那覇バス 車両は国際興業の中古車(8000番台)で
系列外に行くのは珍しい(画像:Og)

産業再生機構法が施行 九州産業交通・宮崎交通・関東自動車等の支援を決定


8月:沖縄都市モノレール線(愛称:ゆいレール)那覇空港〜首里間が開業

沖縄都市モノレール(画像:Og)

国土交通省、「次世代普及型ノンステップバスの標準仕様策定報告書」に基づき、標準仕様ノンステップバスの認定制度を創設。平成16年1月より開始。標準仕様項目のすべてを満たすノンステップバスを認定し利用者に認定証を表示。

国土交通省の標準仕様認定証と認定を受けたエルガミオKK-LR233J1改(画像:管理人)

10月: 1都3県(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)の全域において、ディーゼル車排出ガス規制実施。DPFの装着が義務づけられる。これにより、年式の古い車両は車検を通す事ができなくなり、中古車導入に頼っていた中小事業者を圧迫する事に。


富士重工 バス車体製造中止。同時にいすゞシャーシへの架装終了。

富士7E架装車 仙台市営 KC-LV280N 日本の「コーチビルダー」が消滅した。
(画像:管理人)

小田急、(株)小田急グループマテリアルズ設立。グループ主要5社(小田急・神奈中・立川・東海・江ノ電等)の車両を統一仕様にして、一括導入し、調達コストを削減しようとするもの。

小田急グループマテリアルズ仕様の神奈川中央交通
KL-LV280N1(画像:k)
平成16年
2004
1月:京都交通 会社更生法の適用を申請、事実上の倒産。京都府北部地域の事業を日本交通グループに、残りを京阪バスグループに営業譲渡し、事業清算。

京都交通(参考画像:管理人)


3月:札幌市交通局 昨年に続き残り2営業所を民間事業者1社に譲渡。政令指定都市の公営事業者では初のバス事業完全撤退。

4月に譲渡された北海道中央バス KC-LV832N 2ヶ所の営業所のうち1ヶ所の所属車は
昨年同様の「暫定色」 (画像:管理人)

8月:エルガ ミオ・エルガJ・ガーラミオ、新短期排出ガス規制及び、超低PM排出ディーゼル車認定制度に適合化。エルガJ、ジャーニーJを、新たにいすゞバスシリーズのラインアップに加え、大型バスからマイクロバスまでの展開車型の充実を図る。エルガJは、日野自動車(株)の「レインボーノンステップバス(10.5m)」のOEM供給。

ERGA-VP設定「そのまま使える標準車」としてパッケージ化。バスメーカー4社で協力してノンステップバス共通仕様のバス普及に取り組むことに。

エルガtype-B(KL-LV834L1)生産終了。通路傾斜角の制限により、平成16年新短期排出ガス規制クリア不可能のため。同時期、9mサイズLTも生産終了。ナローサイズからの伝統であった、いすゞの得意分野が終焉に。

10月:ジェイ・バス株式会社正式設立 
合併準備会社のジェイ・バスが傘下の日野車体・いすゞバス製造を合併。存続会社はジェイ・バス。
ジェイ・バス小松工場(旧日野車体)製造のブルーリボンシティKL-HU2PPEE(画像:管理人)と
宇都宮工場(旧いすゞバス製造)製造のエルガKL-LV280Q1 (画像:Kb)

いすゞ自動車、川崎工場を閉鎖し大型トラック製造を藤沢工場に統合。川重の由来であった工場が姿を消す。
平成17年
2005
エルガPJ化。6HK1-TCH(300PS)出力15PS向上、10数%は違うと言われる燃費性能が特長(従来車比)トランスミッションがOD付6速に。

5月:那覇地裁 琉球バスの申請した民事再生法適用申請を正式に受理。

琉球バス(参考画像 画像:H)

ジェイ・バス 路線車の車種間統合開始、日野自動車へブルーリボン2(PJ-KV234系)として供給
  
画像左:ブルーリボン2 PJ-KV234(画像:Sb) 右:エルガPJ-LV234N1(画像:管理人)

エルガミオもPA化 姫路市交PA−LR234J1(画像:Kb)

8月22日:ジェイ・バス車種統合生産の貸切・高速路線車 日野系販売会社用「セレガ」・いすゞ系販売会社用「ガーラ」 リリース。

左:セレガHD ADG-RU1ESAA
右:ガーラHD ADG-RU1ESAN
(画像:Kb)

3月:東京都交通局が三井物産製DPFを装着しているため、都内で走行できなくなった都バス239台を売却する方針を石原知事が一喝、中止に。以後、地方事業者の車両導入に影響が出る事に。

平成18年
2006
2月:常磐交通自動車 子会社の常交中小型自動車に債務100%カットの上営業譲渡。常交中小型自動車はグリーンキャブの傘下となり社名を「新常磐交通」に変更し路線継承。

常磐交通K-CLM500 富士3E架装車 (画像:Sb)
新会社になり、モノコック車の去就が気になるところ。

3月:首都圏のJR・私鉄・バス・地下鉄で利用できる共通ICカード「パスモ(PASMO)」発表。翌年3月から運用開始予定。
JR東日本「suica」と共通利用可能。100事業者が参加。さらに、電子マネーの共通利用も開始。Suicaとパスモのお互いの加盟店で買い物も可能、世界最大のICカードエリアが誕生予定。

PASMO 

日産自動車、日産ディーゼル(以下日デ)の保有株(13%)をABボルボに売却。日デは日産系から離脱へ
大型商用車の市場はついに、トヨタ・日野連合 ダイムラークライスラー・三菱ふそう連合 ボルボ・日デ連合へ突入。

4月:GM、いすゞ資本提携解消 三菱商事・伊藤忠へ保有株売却。大型商用車の連合市場から脱落?
ディーゼル車排出ガス規制強化。KK-・KL-規制車も対象に。

5月:琉球バスが元従業員による退職金問題等により自主再建を断念。譲渡先を第一交通産業に決定

6月:中国バス、整理回収機構の協力を得て、私的再生手続きを開始。手続後は両備バスが事業継承。

中国バスBU10(画像:Ts)

7月:日産ディーゼル・三菱ふそう、バスの相互OEMが決定。ジェイ・バスとの戦国時代へ突入。

9月:第一交通、自主再建を断念した琉球バスを譲受。「株式会社琉球バス交通」として事業開始。沖縄における第一交通のバス事業は那覇バスに続く2社目

11月:トヨタ自動車、三菱商事・伊藤忠のいすゞ自動車保有株を計1億株(発行済み株式の5.9%)取得。
いすゞ自動車との資本・業務提携に合意。(最終的には日野自動車と統合?)

※注 トロリーバスは国内において現在、関西電力・立山黒部貫光で運行されているが、あくまでも鉄道扱いの「無軌条電車」と言う事でここでは省略している。

関西電力トロリーバス(参考画像:M)

【参考文献】
ぽると出版 /バスラマエクスプレス02 村上龍雄著「私の知っているバス達《いすゞ自動車》」
   〃   バスラマ年鑑他
BJエディターズ/星雲社「バスジャパンハンドブックシリーズ」
鉄道ジャーナル社/鉄道ジャーナル
その他
いすゞ自動車・バス各カタログ等々
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18年01月28日作成
18年01月29日
関係者承認用公開
18年03月18日 訂補