17年07月05日作成
18年10月15日訂補

※画像は所有者の許可を得て掲載してますが、媒体等からの転載画像については、業販有償頒布(購入済)・著作権所有が不明・権利期限切れの画像があります。不都合な場合は削除いたしますので関係者様は管理人宛にご一報願います。

今回は他メーカー架装車(帝国・富士・西工・北村等)・路線車については割愛しております【そこまで手をつけると収拾がつかなくなりますので(^^;】
古い画像を探しております。お貸しして頂きたいと存じます。管理人宛にご一報下さい

管理人の調査なので間違いがあるかも知れません。誤記のある場合は管理人宛にご指摘下さい。
尚、これらのデータの使用・引用については予めご連絡下さい。但し使用によっていかなる不具合が生じた場合でも当方は免責とさせて頂きます。
参考程度に取り扱い下さい。

※本年表作成に当たりましてはZitta様のご協力・監修・資料提供並びに多数の方から画像提供を頂きました。 御礼申し上げます


画像提供:(順不同・敬称略)

sawarabi(Sb) mock(M) 釧路車両所(Ku) しゅう(Sh) えぼ(ebo) BJ41−V
くにびき(Kb) 山陰観光バス(Sk) 匿名(Tku) ドリーミント vanagon714

キ45改:2式複戦・屠龍やキ61:3式戦・飛燕 等で知られる川崎航空機の前身は、川崎造船所自動車部であった。
そこでは大正9年(1920)頃から自動車の研究を始めており、昭和6年(1931)「六甲号」からトラックやバスも手がける国内屈指の
自動車メーカーにまで成長する。がしかし戦争の激化により「航空機に特化せよ」との陸軍の意向で、彼等はヂーゼル自動車工業
(後のいすゞ)に移管されてしまう。そんな縁が戦後のいすゞ+川航バスのきっかけに・・・
昭和22年
1947
BX80(ガソリン)、翌年BX91(ディーゼル)戦後初のバス専用低床シャーシ。軍用TX40⇒戦後TX80/61トラックを元にショートノーズ化全長7.84m、全幅2.4m、全高2.7m、ホイルベース[以下 W/B]=4.3m、直6 DA43(ディーゼル)5.1L 85ps搭載。 それまでのトラックシャーシ架装は全駆TSのみに。
昭和23年
1948
川崎産業岐阜製作所が発足。 終戦を迎えた川崎航空機の技術者たちは前年から航空機用のジュラルミンでバスを架装し始め、翌年のBX91Zからほとんど全ての新型いすゞバス1号車を手掛けるようになる。
昭和24年
1949
ヂーゼル自動車工業⇒いすゞ自動車に改称。1934年以来親しまれたバスの名前が会社名に。(背景画像のエンブレムも継承)

BX95 前年のBX91をベースに全長8.71m[W/B=5.0m]、全高2.83m化するも空車重量は軽量化され輸送力UP!油圧ブレーキ真空補助装置搭載。これを元にBX92キャブオーバーバス(全幅2.44m)や、翌25年にツインバスも造られる。
※後に S30年BX41を経てS38年BXD30/50(国産最後の量産ボンネットバス)へ進化。
 
BX95 札幌市交通資料館保存車(画像:管理人)
昭和25年
1950
BC10 リアエンジンバス登場!全長10.0m[5.3m]、全幅2.5m、全高2.85、のモノコックボディにDA80 V8(アルミシリンダー!)6.8L 117psエンジンをクロス置に搭載、アンギュラードライブ駆動(つまりタイプB!!) 更にニューマグネチックシフター(つまりACT!!!)を実装、2年後には国産初のトルコン、2速AT「いすゞパワーフロー」を搭載するという意欲作!!→日本初のTC付AT
ラジエータグリル左側はここから始まる?(・・・↑つか絶対凝り過ぎ。スバル1000状態。仕事しろ 笑) S29年コストダウン版鋳鉄シリンダ&機械式コントロールBC11/12へ。W/Bは11が[4.85m]、12が[5.1m]。
昭和26年
1951
BX91X/95X こちらはボンネットBX9*のパワートレーンを流用した普及版 縦置きリアエンジンバス(つまりタイプA)。直6 DA45 5.1L 90ps搭載全長9.14m[4.15m]、全幅2.44m、全高2.85(BX91値)の川航製フレームレスモノコックで、ボンネットバス版に対し末尾にXが付く。 翌年ガソリンBX81/85X追加。国産初スーパーチャージャー付103psバージョンも追加。

BX91(画像:(Tku))
昭和29年
1954
BX91X/95XがDA48 5.7L 100psにパワーUP、フロントトレッド拡大、架装メーカーも拡大し、末尾がVは帝国自工、Nは西日本車体。 モノコックが難しいボデー架装メーカー向けにフレーム付BX97も設定。TV無き時代の街頭宣伝車(現在の音楽を流して走行しているスポイラーや回転灯をつけている車両とは違う。念のため・・・w)などで活躍S30年 最後部左側窓ラジエータ用エアダクトを廃止して室内長拡大。末尾後に更にAが付く。縦置きエンジン冷却方法悩み中?    

川崎産業岐阜製作所、川崎航空機工業に再合併。
昭和30年
1955
BC20 高馬力化要求に専用新作エンジンで対応。直6 DH10 9.3L 150ps、[5.35m]。 更に過給器付180ps版も存在し、高馬力が評価され輸出もされたらしい。

BC20(画像:(Tku))
昭和31年
1956
BA141/151 BX-X(タイプA)のDA110 5.7L 105ps搭載版。W/Bは141が[4.2m]、151が[4.8m]。翌年DA120 6.1L 118psを搭載してBA3**へ。更にエアサス車も追加(末尾にP)。 どうやら100の位が馬力(?)を、10の位がW/Bを示し、1の位がボディメーカーか(?)。富士重も架装し始める。 その後徐々にパワーUP、DA120 125ps搭載BA5**と、DA640 6.4L 130ps搭載BA7**追加。 S35年 BR*** ラジエーターをエンジン左にオフセット置き。その後このラジエータレイアウトはBAにフィードバックされ、 やがてリアエンジンバスSTDとなる。DA640ターボ付 160ps追加。BAはやがてECM/EDMを経てLT312へ。
昭和34年
1959
BC151 こちらはBC20(タイプB)をボアアップしたDH100 10.2L 180ps搭載、ターボ付き230psも在り。エアサス・パワステ・エアマスタ付きオイルブレーキと御馴染みの装備が出揃い始める。ステンレスボデーや空港リムジン仕様も登場 全長10.4m[5.3m]、全高3.05m、。後にBC141[4.8m]/161[5.6m]追加&190ps化。
 
BC151P 左:ステンレスボデー 札幌市交通資料館保存車(画像:管理人)
右:富士重架装車 現在NPO法人が保存(画像:Sb)

BH162 セミダブルデッカ登場。前タイヤ直後で床を上げ全高3.35m、ふそうBD46以来の国産デッキアンドハーフか?。
シャーシはBC151のアンギュラードライブを廃してDH100を普通に縦置き(つまりタイプA化)。 この縦置き直6エンジンを右へ寝かせて搭載し、床面をフラットにしたのが後のBUである。
昭和37年
1962
BU20PA 直6横倒しDH100H 10.2L 190ps搭載、全長11.16m[5.5m]、全高3.05m、リア後ろ側のエアサス配置がワイドサス状態のアンチロールエアサスを採用した国鉄自動車局の高速バス試作車両。帝国自工による軽合金ボディで10.6t。
昭和38年
1963
名神高速道路 栗東IC〜尼崎IC部分開通。それまでの「路線シャーシ」の観光バスに高速性能も要求されることに。

BU30P 高速専用川崎丸型(オバQ)登場!!全長11.3m[5.6m]、全高3.14mの風洞実験で得たスマートな沈頭鋲アルミボディ!DH100Hターボ 10.2L 230ps エディカレントリターダ搭載 車両重量9.63t(帝ボ試作に対し更に軽量化されている)
室内も旅客機っぽくまとまっており羨望の的に。やがて大ブレイクしていすゞ以外のシャシ架装も少なからず存在する

BXD30/50(国産最後の量産ボンネットバス)登場。

BXD30 (画像:Sb) 
昭和39年
1964
BA**N 全幅2.25mナローボディ登場。※元祖ミオ?
東京夏季オリンピック開催 東海道新幹線 東京〜新大阪間開通

9月:日急バス、日本高速、国鉄バスの3社に名神高速バスの免許がおり、名古屋〜京都間運行開始。
昭和40年
1965
BU15P オバQ普及版W/B=[5.2m]のスチールボディ車。観光車として大人気に。DH100H 10.2L 190ps 車両重量9.84tS42年にエンジンをE110 11L 215ps(末尾にE)と、国産初の4ストローク直噴D920H 9.2L 175ps(末尾にD)を追加。 S47年にE110はE120H直噴12L 260psへ(末尾にK)。
 
左:BU15P (画像:(Sk)) 右:BU15EP(画像:BJ41−V)

BU10/20 こちらは同じDH100H搭載の路線向シャーシ。全長[W/B]は10が10.53m[5m]、20が11.03m[5.5m]。
翌年BU05(全長10.08m[4.8m]追加。 S45年 BU06乗降容易化ワイドステップの低床モデル(全長10.27m[4.84m]追加 S47年 BU04(9.99m[4.7m]と、逆に伸ばして2軸限界BU35(11.5m[6.0m]、各車低床モデル(末尾にV)も追加
BU路線シャーシはやがてS55年CJM/CLM/CPM〜S57年CQM〜S59年のキュービックLV314へ。
画像左:BU10P 地方事業者では長距離用・トップドア仕様も導入された(画像:vanagon714) 
右:BU20 観光顔・メトロ窓前後扉仕様 改造車ではなく当初からこの仕様のようである(画像:Sb)

BU20P (画像:Sb)

名神高速道路 全線開通
昭和43年
1968
東名高速 東京IC〜厚木IC、富士IC〜静岡IC、岡崎IC〜小牧IC開通

BH50P 4輪ディスクブレーキの国鉄東名高速向。ここで観光・高速(?)らしく全長12m[6.4m]の縦置きV型エンジン搭載車登場。V170 V8 16.5L 330ps 。試作段階ではフロント独立懸架だったが、時期尚早という事で量産にはならず。
これが後のLV7に生かされる。

BH20P 全長11m[5.65m]の姉妹車リリース。こちらは高速・観光用として各ユーザーに採用。V170 16.5L 300ps  

BH20P  (画像:Sb)
昭和44年
1969
川崎重工・車輛・航空機工業3社合併

東名高速が全線開通 
昭和45年
1970
大阪国際万国博覧会開催
昭和47年
1972
川重、汽車製造(株)を合併
(現在の宇都宮工場は元汽車会社)

札幌冬季オリンピック開催  山陽新幹線 新大阪〜岡山開業
昭和48年
1973
73SCボディフルモデルチェンジ。全高3.13m、路線と共用?ボディに 国産バス初のデザインバンパーとのウワサも?
BH21P 8MA1(V170を直墳化) 16.5L 315ps W/B=5.6mを筆頭に、BU10/15/20/35-P/KP用ボデーとなる。
 左:BU20(S48いすゞカタログより) 中:BH21(S49いすゞカタログより) 右:BU10KP(画像:vanagon714)

関門大橋開通、東洋一の長大吊橋。この後、九州内の高速道路網の発達により高速バスが大展開する事になる。
昭和49年
1974
川重車体工業株式会社として川崎重工株式会社より独立、いすゞ自動車株式会社のバス専門製造株式会社となる。

9月:「いすゞ 歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」(TBSラジオJRN系)放送開始
後にマルシア・長山洋子等をブレイクさせる(〜2001.9放送終了)
昭和50年
1975
K-CRA650/580 全高3.38mのハイデッカ登場!!いすゞハイデッカシリーズの始まり。後のハイデッカ1はコレ。10PA 12.5L 295PS(NAリッター23.6ps!!)のニューパワーシリーズV10搭載。V10バッジが眩しい(笑  競合他車に比べ気筒数が多く上品なサウンドのいすゞの10Pは、後30年に渡りGALAまで継承される事になる。 排出ガス規制記号と共に型式も変化
Cはバス(多分)、Rは10PA、Aはエアサス、(因みにMはリーフサス)3桁数字はW/Bを表す。
翌年ハイデッカ2も追加。

K-C*A横倒し直6(BU系)は、*部=LがDH100H、PがE120H、ちょっと経ってJが6QA2(11L 220ps)、Qが6RB2(13.7L 275ps)
W/Bが470/500/520/550/600とそのまんま。ボデーは廉価観光/自家用に格下げ(?)された平屋根の73SCがSTD。
 
画像:K-CRA650 73SCハイデッカ (画像:ドリーミント様)
昭和51年
1976
ロッキード事件 官僚・航空会社・交通事業者を巻き込んだ大規模贈収賄事件。「ピーナッツ」を頂いた、いすゞ車のヘビーユーザーである某社社主(当時)が国会証人喚問での「存じません」・「記憶にございません」が流行語に
昭和52年
1977
欧州製ダブルデッカーが輸入されはじめ、各社観光バス戦争が更に激しくなる。

※日野RSスケルトン東モへ出品。この車の登場により国産モノコックボデーは衰退方向に向かう事となる。
昭和53年
1978
3月  開港を4日後に控えた新東京国際空港(成田空港)で、地下排水溝を通り、過激派ゲリラ(と、言ってもオイラじゃない)15人が空港内に突入。管制塔によじ登り内部に進入、鉄パイプや火炎瓶などで機器類などを破壊。開港延期。

5月 管制塔破壊で延期された新東京国際空港が開港。「世界一遠い国際空港」へのアクセスのため東京都中央区箱崎に
東京シティエアターミナルが開設。リムジンバスの運行開始(空港バスを「リムジン」と呼ぶようになったのはこの頃から?)
昭和54年
1979
ハイデッカー3と4(タテ目H401)登場!!トータルデザインをいすゞが手掛け、全高3.42mの側窓Rが美しいリベットレスボデーに。 
K-CSA650/580 シャーシも追加。10PB 14L 320ps バッジはV10SSへ。
  
左:K-CSA650 H401ハイデッカ(画像:ドリーミント様) 右:(画像:vanagon714)

CRAはV10Sバッジを付けて併売
 
K-CRA650  はとバスは前面窓の大きい特注仕様だった、(画像:vanagon714)
川崎架装の採用はこの頃(H401)が最後で1985年に富士架装になり、再びいすゞ純正架装に戻るのは1998年のガーラから。

 
K-CSA580 73SC(画像:優パパ様(しゅうさんからのご紹介です))
この車両の詳細はこちらをご参照下さい
昭和57年
1982
東北・上越新幹線が暫定開業 大宮〜上野間を新幹線リレー号が輸送

側窓Rが無いリベットレスボデーのハイデッカー5も追加

※三菱のエアロシリーズが登場。以降シェアNo1に
昭和59年
1984
P-LV219S/Qシャーシ登場!10PC1 15L 330PS搭載。W/BはSが6.5m、Qが5.8m。昭和58年排出ガス規制と共に形式記号が更に変更、お馴染み?のタイプへ(詳細は【型式別表】参照) エンジンはV10の330PSと295PS(末尾にN)、RRワイドサスペンションがハイデッカー3と4にOPT追加された。 OPTエアサスエア抜き装置はまだ手動式(w 他にLV218M/N/Q(6RB2搭載)もSCボディで併売。
P-LV219S(画像左:(M)・右:ドリーミント様)

P-LV217H 国内元祖大型巾9m観光も新規追加。8PC1 12L 260PS, W/B=4.2m 
これは(H401・H501)タテ目ハイデッカ4ボディのみ。

P-LV217H(画像:(M))

路線ボディがキュービックLVシリーズへフルモデルチェンジ。

キュービックLV(参考画像 画像:(Sb))
昭和60年
1985
東京モーターショーにスーパークルーザ−H601サンプルカー参考出品

H601サンプルカー(画像左:Sb 右:vanagon714)

青函トンネル本坑貫通
昭和61年
1986
アイ・ケイ・コーチ株式会社(通称=IKC)設立(いすゞ自動車株式会社・川崎重工株式会社共同出資)
戦前から親しんだ岐阜県各務ヶ原(かがみはら)から栃木県宇都宮へ工場移転、稼動開始。

スーパークルーザ−SHD(H601)全高3.66m 試作BH50P以来のフロント独立懸架が復活、国内元祖10スタッドのLV7登場!
P-LV719R 10PC1 15L 330PS W/B=6.15m フロントオーバーハング置燃料タンクによるショートW/B化(重量配分適正化)で2軸SHDを実現!おまけに小回り性能もGood!
T/MコントロールもPAT(パワーアシスト付棒ロッド)の他に、ACT(エアコントロール)も36年ぶりに復活(笑。 スパクル登場でタテ目と第2ピラーのJラインは消えるが、その後エルガとガーラへ継承される?。

日本国有鉄道改革法施行。旅客自動車運送事業は、各旅客会社が引き継いだのち、原則として経営分離する事になった。

スーパークルーザ−SHD P-LV719R(画像:(B))
昭和62年
1987
スーパークルーザ−HD(H701)登場 初代HDカタログ゙にはHI-DECKER7の文字が。
P-LV719R/N (NはW/B=5.45m) 全高3.28m
この年、グッドデザイン賞を(商品デザイン部門)受賞した

4月:日本国有鉄道分割・民営化JRグループ7社へ。国鉄バスも各社に移行しJRバスとなる
(但し、「三島会社」は直営とする方針となった)


スーパークルーザ−HD P-LV719R(画像:管理人)
昭和63年
1988
民営化したJRバスのうち本州3社継承分を再分割し、ジェイアールバス東北・ジェイアールバス関東・ジェイアール東海バス・
西日本ジェイアールバス・中国ジェイアールバスの5社に。JR直営で残存する北海道・四国・九州と合わせ、8社体制となる

トミカ 赤白箱No.41 いすゞスーパーハイデッカーバス発売。320円 
一つの金型でなんと数十種類もスタンバイしていたという。実在しないのも多数あった。
(と言うより実在しない方が多かった(笑))

ありそうで実在しなかった、スパクルのはとバス。
実車は富士架装であった。(画像:管理人)


本四連絡橋 児島・坂出ルート(瀬戸大橋)が全面開通
昭和64・平成元年1989 昭和天皇崩御。元号が平成に。

スパクルUFC追加 他社のDDには追随せずあくまで2軸に拘るいすゞの回答がこれ。バブルに乗ってヒット!
これもHDに続きグッドデザイン賞を(商品デザイン部門)受賞した


スーパークルーザーUFC P-LV719R(画像:M) 
平成2年
1990
スパクル U-LV771R 平成元年排出ガス規制と共にエンジンパワーUP 10PD1 16.7L 355PS
ここでラック&ピニオンステアリングが登場。ABSをOPT追加。

U-LV771R (画像:B) 

※日野自動車 セレガリリース。観光・高速バスのシェアに変化が・・・?
平成3年
1991
パブル崩壊。リゾート等の投資に走っていた事業者が苦境に陥る結果に。これ以後、バス市場にも変化が起きてくる
平成4年
1992
スパクル改良 HSA(ヒルスターエイド:坂道発進補助ブレーキ)、永久磁石式リターダー、ミッションオイルクーラーもOPT化

新千歳空港ターミナルビルが完成。JRが地下に駅を設置し、リムジンバスとの乗客争奪戦が始まる。 

日デ 富士7Sを架装し「スペースウイング」リリース。
平成5年
1993
スパクルフェイスリフト。バンパーが新設計となる。ヘッドランプを2灯に変更し、コーナーリングランプを新設

フェイスリフト後のスーパークルーザー(画像:管理人)

羽田空港新ターミナルビル(現第1(西)旅客ターミナル)通称ビッグバードが開業。以降、リムジンバスが各地に展開する事に
平成6年
1994

関西国際空港が開港 新千歳空港に次ぐ24時間運用可能の空港。羽田同様リムジンバスの運行が拡大

平成7年
1995
いすゞバス製造株式会社(通称=I-BUS)に社名変更

スパクルKC化 平成6年排出ガス規制と共に更なるエンジンパワーUP。KC-LV781R 10PE1 19L 380PS スパクルの最終モデル 平成8年まで製造。 W/B記号後の数字が無いのがガーラとの識別点。
ニーリング゙がOPT化。結局9m(U-LV270H・KC-LV280H)は富士架装のみ。スパクル9mは残念ながら登場せず。 そのかわりハイデッカー5は細々と平行生産されていた?
左:KC-LV781Rスパクル最終型(画像:B)右:富士架装のみだったU-LV270H(画像:M)

東京モーターショーにショーモデル「新型スーパーハイデッカーバス」参考出品。これがガーラのベースとなる。

ショーモデル「新型スーパーハイデッカバス」(東京モーターショー媒体より)

阪神淡路大震災  最大の都市型地震 鉄道普通区間をバス借り上げで代行輸送。ライフラインがクローズUPされる
平成8年
1996.
12月:東モショーモデルをベースにフルモデルチェンジ。「ガーラ」とネーミングし、ユーザーリリース。
メーカー提案型のセールスプロモーション用途別車型展開:自家用/貸切/高速路線/夜間高速を展開。
自社架装を基本とし、ハイデッカー「ガーラ1」 前面一枚窓スーパーハイデッカー「ガーラ2」  低運転席・前面二枚窓グレースハイデッカー「ガーラ3」が登場。UFCは登場せず。 国産初ECE-R66ロールオーバー基準適合の高剛性軽量ボディにV12ENG450psを新規設定、国内バス馬力TOP奪回。 ホイルパーク駐車ブレーキ、ABSを標準装備。電子制御サス、ASR(アンチスリップレギュレータ)、車間距離警報をOPT化 リアスポイラーは雪が後面に付かない効果があるとか?。
KC-LV781R/N1 10PE1-N(325ps)/H(380ps) 19.0L:(ガーラ1・2 )  
KC-LV782R   12PE1-C(420ps)/S(450ps) 22.8L:(ガーラ1・2・3)※ガーラ1にW/B=Nと325ps〜420psの展開


ガーラ1 KC-LV781R1(画像:管理人)
平成9年
1997
4月:9mガーラ4 HD9追加。装備が豊富なガーラ1をそのまま縮めてW/B=4.15m化でハイデッカ4以来の復活を果す。
KC-LV780H1 8PE1-S 285ps 15.2L 可愛いボデーにクラス最大排気量の馬力TOP!規制緩和による新規参入事業者にヒット! 
※しかし安全強化の改良まで(下記参照)数ヶ月間の製造であったため、シリーズの中でもレアな車種と言えるかも?
12月:ガーラ改良。国産観光バスで初めて運転席エアバッグを標準装備。その他ディスチャージヘッドランプ等の安全強化を行う。
実用装備に簡略したベーシック仕様をガーラ1に追加設定。
スパクルに続きシリーズで通産省グッドデザイン賞を受賞。(商品デザイン部門)


ガーラ4 KC-LV780H1(画像:M)
平成10年
1998
長野冬季オリンピック開催 終了後開催されたパラリンピックの輸送に都営ノンステ車が出張。

イースタン観光(2000年廃業)・日本旅行の主催で「赤い風船25周年 幸せ探しの旅25日間日本一週号」が行われる。

車両は前年の東モサンプルカーガーラ3(画像:オーロラ様)

西日本車体向けKC-LVスパクルシャーシの供給終了?


KC-LV781R 西日本架装車(画像:管理人) 

本四連絡橋 明石海峡大橋開通。神戸・鳴門ルートが全面開通。四国・本州間の高速バス運行が大展開
平成11年
1999
平成10年騒音規制、ガーラ1に3スパントランクの直冷車と、更なる廉価版を設定。

※LRがエルガ/ガーラmioへ。路線車15年ぶりフルモデルチェンジ。
(左)ガーラミオKK-LR233J1(画像は(改)(B)) (右)エルガミオKK-LR233J1(画像:管理人)

西日本車体にKC-LVガーラシャーシの供給開始

KC-LV782R1 ガーラシャーシベース西日本架装車(画像:Su)

富士重 スパクルシャーシの架装終了

U-LV771R(画像:管理人)

本四連絡橋 尾道・今治ルート(瀬戸内しまなみ街道)が全面開通
平成12年
2000
6月:ガーラKL化。平成11年排出ガス規制と中期安全ブレーキ規制でガーラ2000に。W/B記号後の数字が2へ。ボデーネーミングを1⇒HD、2⇒SHD、3⇒GHD、4⇒HD9に改称。テールランプがバンパーに移設。V12廃止⇒新V8 8TD 480ps搭載。国内最強馬力に駄目押し。他社はもう完全にやる気失せたっぽい(笑。低回転からズ太いトルクで細かいシフトチェンジは不要!運転楽ちん。オマケに燃費も良いとか。多分こんなエンジン載せたバスはもう2度と出ないだろうな(´-`)。セミオートクラッチも8TD車にOPT化。
KL-LV774R2     8TD1-N(410ps)/C(450ps)/S(480ps) 24.3L :HD(-N/Cのみ),SHD/GHD
KL-LV781R2/N2 10PE1-S(360ps)19L:HD/SHD(W/B=NはHDのみ)
KL-LV780H2     8PE1-S(285ps)15.2L:HD9 直結冷房が標準となり、トランクルームが2スパンへ。

同時に富士重・西日本車体向けにシャーシ供給も開始(西日本へのKC-ガーラシャーシ供給は、たった1年で終了!(驚))  
左:KL-LV774R2 ガーラ2000SHD(画像:Sk) 右:KL-LV780H2 ガーラ2000HD-9(画像:管理人)

路線車LVもエルガにフルモデルチェンジ。

エルガKL−LV280N1(画像:管理人)

日野といすゞ、部品共通化等のコスト削減に対応するため、バス事業統合を発表。

三菱自動車工業のトラック・バス部門(三菱ふそう、現在の三菱ふそうトラック・バス)がリコール隠し。市場の信頼を失う

JR北海道よりバス事業を分社ジェイ・アール北海道バスとなる。

西鉄バスジャック事件。佐賀市から福岡市に向かう西鉄高速バスを、掲示板「2ちゃんねる」に犯行予告らしき書き込みをした17歳の少年が乗っ取り。持参した牛刀で3人を刺し、うち1人が死亡。警察の特殊急襲部隊(SAT)が出動した。
以降日本バス協会は統一対応マニュアルを作成し、緊急連絡のための装置の整備を決める。
平成13年
2001
中国・広州でガーラHDとSHDがノックダウン生産始まる。初期の車は日本製、直結冷房付中扉10P搭載。もちろん左ハンドル。
型式は中国規格でHDはGLK6120D、SHDはGLK6121D。GL:広州五十鈴、6はバス、12はGVWだそうで…LV781R-L・・・じゃないorz
Bus World Asia(中国のバスモーターショー?)で最優秀賞を受賞。詳細はバスラマ68号参照


広州いすゞガーラ ラインナップ(フリー素材集より)
 

JR九州よりバス事業を分社。ジェイアール九州バスとなる。

ジェイアール九州バスKC-LV782R1(画像:Kb)
平成14年
2002
交通バリアフリー法に対応。路線仕様車については、行き先の三方向表示が義務付けられ後部デザインが変更。
以後、路線仕様では後方行き先表示義務のため特徴ある2分割窓が消滅。(これで採用事業者が増えたとか・・・?)


日野といすゞ、バス事業持ち株会社(合併準備会社)「ジェイ・バス」設立。
平成15年
2003
10月:ジェイ・バスグループ発足。「日野車体工業」・「いすゞバス製造」を持ち株会社の傘下に。
ガーラHDのW/B=Nが中止。全長11m観光が終焉を迎える

産業再生機構法が施行 以後、九州産業交通・宮崎交通・関東自動車の支援を決定

富士重工 バス車体製造中止。同時にいすゞシャーシへの架装終了
KL-LV781R2 ガーラ2000シャーシ富士1S架装車(画像:M) 
平成16年
2004
4月:鹿児島交通の都市間高速、貸切、スクールバス、鹿児島空港リムジンを引き継ぎ、南九州バスネットワークが誕生

南九州バスネットワーク ガーラSHD KL-LV774R2(画像:ebo)

10月:ジェイ・バス株式会社 正式設立
合併準備会社のジェイ・バスが傘下の日野車体・いすゞバス製造を合併。存続会社はジェイ・バス。
車種間統合が始まる。

メルファとの車種統合になったガーラミオ(画像:(B))

  
ジェイ・バス小松工場(旧日野車体)製造のセレガR(画像:管理人)と
宇都宮工場(旧いすゞバス製造)製造のガーラ2000HD(画像:ジェイアールバステック様)

JR四国よりバス事業を分社。ジェイアール四国バスとなる。これによりJRバスの分社化が完了。
鉄道改革法施行より約20年の歳月が流れた

九州新幹線が開業

はとバス フォルテシモがグッドデザイン賞(公共機器・設備/公共交通関連機器・設備 )を受賞

KL-LV774R2 はとバス フォルテシモ 
ガーラSHDベースだが、3列27名定員という超豪華車(画像:M)

タイヤ脱落による人身事故より発覚した企業ぐるみのリコール隠しにより、横浜区検・地検は、道路運送車両法違反(虚偽報告)などの罪で、三菱ふそうトラック・バス前会長ら5人を起訴 以降車両採用中止の自治体・事業者が続出。
三菱自動車、産業活力再生特別措置法(産業再生法)による支援を経済産業省に申請、受理。
平成17年
2005
いすゞ自動車 無届け走行試験 昭和47年以降、神奈川・静岡県の公道で無届け走行試験をしていたことが 判明。
平成12年以降だけでも、8台が無届けで走行 し、人身事故1件、物損事故19件が起きていた。
国土交通省、警告書を出し改善を指示。

8月22日:ジェイ・バス車種統合生産の貸切・高速路線車 日野系販売会社用「セレガ」・いすゞ系販売会社用「ガーラ」 リリース。
  
右:セレガSHD ADG-RU1ESAA 左:ガーラHD ADG-RU1ESAN(画像:M)

ガーラ(KL-LV782R2)次期モデル生産をジェイ・バス小松工場で行うため生産終了。(最後の納入先は、はとバス)
同時にいすゞから観光モデルが姿を消す事に。

8月24日:つくばエクスプレス(仮称常磐新線・略称TX:秋葉原〜つくばセンター間58.3km)開業
昭和60年(1985)運輸政策審議会答申より20年が経過した

企業ぐるみの 有価証券報告書虚偽記載で西武鉄道が上場廃止。


愛知国際万国博覧会開催

中部国際空港開港

12月15日:ガーラ・セレガ 国土交通省にリコール届け出 (届出番号 国−1577番/1578番)
(1) エアコン駆動用ベルトを保持するアイドルプーリの構造の不具合
(2) 左側後写鏡を取り付けるステーのブラケットの形状の不適切
(3) 右側後写鏡の角度を保持するナットのブラケットへの溶接の不具合
(4) 電気エア式変速機用エアパイプを固定するブラケットの強度が不足
(5) 原動機制御コンピュータのプログラムが不適切
対象:ADG-RU1ESA-60011〜RU1ESA-60090

管理人は届け出形式と呼称が違う事をここで初めて知った(苦笑)

平成18年
2006
神戸空港開港: 政令都市にあっても地方空港。都心まで8分と言う距離が売りだが・・・ 

2月:ガーラシリーズに9mHD9(ADG-RU8JHAJ )夜間高速・リフト付き仕様追加。

ニコ−バス ガーラHDー9 ADG-RU8JHAJ (画像:M)

3月:東京いすゞ自動車、2005年8月、はとバスに納入するGALA10台の車両の重量が道路運送車両法が定めた基準を超えていたため、必要な部品を取り外して車検を受け、車検証を不正取得したとし国土交通省関東運輸局が警視庁に告発。

7月:ジェイ・バス、貸切・高速路線車 「ガーラ」を平成27年度重量車燃費基準の制定に合わせ、低排出ガス重量車の認可を新たに取得。9mタイプを除きPKG-RU1E系となった。

三重交通 ガーラHD PKG-RU1ESAJ (画像:ebo)

8月:南九州バスネットワーク解散。2006年設立から僅か2年の事業。空港リムジンは林田バス、スクールバスは鹿児島交通に継承。

【型式別表】昭和59年(1984)以降
L:リヤエンジンバス
V:トンクラス=8t (Tは6t、Rは4t)
2:車軸エアサス (3はリーフサス、7:フロント独立懸架エアサス、8は低床用中落アクスル?)
19:エンジン=10PC1・15L (71は10PD1・16.7L、81は10PE1・19L、82は12PE1・22.8L、80は8PE1・15.2L、74は8TD1・24L、33は6HH1・8.2L、34は6HK1・7.8L・・・etc.)
S:ホイルベース=6.5m(E=3.4m,F=3.8m,H=4.2m,J=4.4m,L=4.8m,M=5m,N=5.4m,Q=5.8m,R=6.2m)

【ディーゼル車の排出ガス規制と形式記号】
(全部掲載すると複雑なので本サイト関連分のみ、※は本サイト該当車種 詳細はここが詳しいです
K-:昭和54年規制適合車※K-CRA650等 
P-:昭和58年規制適合車(直接噴射式エンジン搭載車に限る)※P-LV219S等
U-:平成元年規制適合車(直接噴射式エンジン搭載車の場合車両総重量3.5tを越える自動車)※U-LV771R等
KC-:車両総重量2.5tを越える自動車の平成6年規制適合車※KC-LV782R1等 
KK-:車両総重量3.5tトンを越え12tに満たない自動車の平成10年規制適合車※KK-LR233J1
KL-:車両総重量12tを越える自動車の平成11年規制適合車※KL-LV774R2
ADG-:車両総重量3.5tトンを越える貨物及び乗合自動車でハイブリッド機能の無いディーゼル車の
    新長期排出ガス規制(平成18年施行予定)※ADG-RU1ESAN
    
KS−(平成16年排ガス規制)やKR−(平成15年排ガス規制)の車両については2007年9月以降は新規登録不可。
【参考文献】
グランプリ出版 鈴木文彦著「日本のバス年代記」
ぽると出版 バスラマエクスプレス02 村上龍雄著「私の知っているバス達《いすゞ自動車》」
   〃   バスラマスペシャル1996 「いすゞガーラのすべて」
   〃   バスラマ年鑑94〜他
三栄書房 別冊モーターファン「国産車100年の軌跡」
   〃   カースタイリング116 1997.1
二玄社別冊ガーグラフィック「世界のバス'81〜'82」
その他
東モ自動車ガイドブック'57~、モーターマテリアル社バス要覧、各カタログ等々
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※2 補足
ユーザーについて:
ここで指す「ユーザー」とは販売会社のお客様(事業者・自家用所有者等)を意味するものであり、バス会社のお客様ではありません
セールスリリースの取り扱いについて:
販売会社がマーケティング(販売促進の意味も含む事にします)戦略上、ユーザー宛に販売活動を行っている事を「セールスリリース」と意味する事とします。この場合、バス会社からサービス等を受けている「利用者」は第三者に分類されます



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