【産業再生機構支援中】
宮崎県宮崎市に本社を構え、県内唯一の路線バスを運行する事業者。
「宮崎観光の父」といわれる岩切章太郎により、大正15年4月に宮崎市街自動車として設立。
遊園地やホテルなどの観光事業に力を入れ、昭和30年代から40年代にかけての新婚旅行ブームを盛り上げた。
かつては鉄道線(通称宮崎交通線)も所有し、宮崎市内の南宮崎駅から同社経営の施設「こどもくに」を経由し青島・内海までを結んでいたが、昭和37年に全線廃止され、跡地は大半が日南線の建設に利用され、現在は宮崎空港の重要なアクセス路線になっている。
宮崎交通グループはバス事業のほか、ホテル・観光事業などを展開、「こどものくに」等を経営している。(尚、「サボテンハーブ園」は平成17年3月31日に営業を終了。)
全県をエリアとしほぼ1社で賄ういわゆる「独占企業」であり、乗客に対する接客姿勢や、ニーズの把握・そして需要と供給のバランス調整等のマーケットリサーチ能力は群を抜いている。「バスは人が動かし・客が乗って事業が成立する」と言う企業の基本に忠実であると言えるだろう。車両も高速車両等を除いて「担当車制度」を採用しており手入れや清掃が行き届いている。近年はすべて新車導入が主体の反面、経年車の整備も行き届いているのが特徴である。「車内は客間」という社訓があるそうで、シートの背もたれの落書きなどは皆無に等しいといわれる。
高速路線にも積極的に運行参加をし、現在4路線を運行。特に福岡線「フェニックス」は4社共同運行ながら25往復、しかも続行便多数増発というドル箱路線に成長している。
「独占企業」が足かせになり、近年は、バス利用者、観光客の減少に伴って業績は低迷。経営不振が続いている。
中核企業として発展するも、その後の観光宮崎の衰退、その後経営上の問題により2005年に産業再生機構の支援を受けることが決定した。グループ11社で523億円に上る有利子負債(平成16年度決算期)が新規投資への負担ともなっており、大幅な負債削減が急務となっていた。機構が一部出資し、グループの持ち株会社を設立して再建を図る案が有力視されている。産業再生機構は取引金融機関に50%程度の債権放棄を求める。一方で、外部経営陣らによる持ち株会社が、事業が多岐にわたるグループ各社を交通、ホテル、流通などの部門に分けて一括して掌握し、不採算部門を整理するなど、効率的な再建を目指す案が検討されているという。
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平成9年式 ガーラ2 KC-LV782R1 宮崎22か11-15 高速仕様 3列シート トイレ付仕様
フェニックス専用カラーを纏う 他の共同運行業者は三菱や西日本車体仕様が中心のなかでこの車両は異色の存在である。同社では他の貸切仕様で2台のガーラを所有している。
(画像上:(H)下:(A))
バスとは少し離れた話題になるのだが、宮崎県は今非常に重要な時期にきていると言えるだろう
平成の時代に始めた2つの新規事業・そして老舗の経営が頓挫しているからである。
一つは、リゾート事業である。宮崎交通の説明と重複するが、昭和30〜40年代後期まで、その気候と相まって「日本のハワイ」と称されていた時代があり都城や宮崎駅を発着するブルトレはハネムーン客で一杯であった。これが当時の「新婚旅行ブーム」であった訳だが、その後 海外旅行や渡航の自由化等でハネムーン先は海外へとシフト、「日本のハワイ」ではなく「本物のハワイ」に変っていった。「かつての新婚旅行のメッカを取り戻したい」という県は国の「総合保養地域整備法」の第1号指定である「宮崎・日南海岸リゾート構想」に基づき昭和63年12月 宮崎県や宮崎市の出資で第3セクタ―、フェニックスリゾート株式会社を設立し、平成6年10月に宮崎市山崎町浜山にリゾート施設「シーガイア」を完成させた。名称は、海の「Sea」と地球を意味する「Gaia」を組み合わせた造語である。高層ホテルや世界最大級の室内プール(海岸があるのに何故プールなのか今だに疑問)・JGA公認ゴルフコースなどを備え、平成12年7月にはサミット外相会合も開かれたが、同13年2月に第3セクターとしては過去最大の負債3261億円で会社更生法の適用を申請した。「3セクは潰れない」と言う神話がことごとく崩壊した時期である。その後リップルウッド・ホールディングスが買収した後も赤字続きで、16年3月期決算で累積赤字は120億円に達している。
もう1つは航空事業である。安い航空運賃とゆったりした座席配置を目指した航空会社「スカイネットアジア航空(SNA)」である。平成9年7月 パンアジア航空株式会社として福岡市で設立。
その後11年8月 スカイネットアジア航空株式会社へ商号変更。 12年9月 本社を宮崎市に移転。
14年8月に羽田−宮崎線に新規参入した。その後15年より羽田−熊本線も運行しているが、他の新規参入会社同様既存航空会社の価格攻勢や知名度の低さもあり乗客数が伸びず、16年6月より、産業再生機構の経営支援を受け、全日空との業務提携にて再建を目指すこととなった。全日空の支援は先に民事再生法を適用し17年に再生終了した「北海道国際航空(ADO)」についで2社目となる。
バブル時代に過剰な投資をし、苦労している事業者は少なくない、余談だがそれが北海道と九州に集中している。北海道の旧北見バス・九州の林田産業交通はそれが原因で会社自体が消滅し、新経営陣に引き継がれた。ただそうでなくても本業ですら頓挫してしまう時代である。九州で同機構支援を受けている交通系3社のうち2社が宮崎の企業であり、今後の再建を祈念する次第である。
ちなみに宮崎交通の設立した年は大正から昭和へ、そしてフェニックスリゾートの設立した1ヶ月後には昭和から平成へと元号が変わる激動の時期であり、何かの因縁を感じ得ない
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